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景行天皇には、かぞえきれないほどたくさんの子どもがいました。

その中に、オウスという、とてもちからが強くてあらあらしい王子がいました。
ある日、天皇が
「おまえの兄さんが食事に来ないから、よくいいきかせておくれ」と
頼みました。

すると、オウスは
「天皇
であるお父さんの言うことをきかないなんて!」とあにをつかまえてやっつけてしまいました。
天皇
はそのおそろしさにおどろき、「西の国にいるクマソタケルをやっつけてきなさい」と言って、遠くへおいやらてしまいました。
西の国へ行ったオウスは、かみをゆい、おばさまからもらったおんなのこのふくをきて、美しい少女のすがたにへんそうしました。
クマソタケルがうたげをひらくと、かれはおんなのこのふりをしてはいりこみました。

クマソタケルはすっかりだまされて、かれを自分のとなりにすわらせました。
うたげがもりあがったとき、オウスはかくしもっていたつるぎでクマソタケルのむねをつきさしました。

しにぎわにクマソタケルは
「ヤマトの国にこれほど強い人いたとは」とおどろき、
「これからはヤマトタケルとおなのりください」と言って、自分のなまえをささげました。
こうしてかれは「ヤマトタケル」とよばれるようになったのです。
景行天皇は
ヤマトタケルが
帰ってくると、すぐに「次は東の国のわるい神さまをたいらげてきなさい」
と命じました。


ヤマトタケルはかなしくなり、
伊勢のおばさまのところへ行って、「天皇はやはりわたしなんかんでしまえとおおもいなのでしょう」となきました。
おばさまはかれをはげまし、代々うけつがれてきた剣と、こまったときにあけなさいとふくろをくれました。
旅の途中、わるいものたちにのはらで火をはなたれたとき、ヤマトタケルはふくろのなかのひうちいしをとりだし、つるぎでくさをかりはらって、ぎゃくに火をもやしててきをやっつけました。


それから、剣のなまえを「草薙の剣」、
そのばしょを「焼津」とよぶようになりました。